6月12日 日曜日

 

■■■のんびり起床■■■

のんびりとは言っても、時計を見たら6時22分。
そろそろ起きるかと隣を見ると、イズミさんの車が
無くなっている。
一度避難所に戻ったのかな。

起きだして、夕べの片付けの続きをし始める。
と、ケイコ、ナオコちゃん、ミエノさんの
順番でテントから出てくる。

おはようしながら、歯を磨いたり、片付けたり
散歩したり。

もう今日もイズミさんと作業だからと
のんびりのんびり。
だけど、道具を借りないと作業できないことを
思い出し、8時30分車に乗り込むと
ちょうどイズミさんから電話。

ゆっくり寝られましたか?
VCで待ってますね。

急いでVCに行き、イズミさんと合流。
今日は九州から来た災害救援連合の方々を
マッチングしたらしい。
総勢20人、僕らあわせて24人。凄い数。

屋根も片付きそう。

九州から来た災害救援連合の方々は
この日から1週間ボランティアをするらしい。
若い人や屈強そうな人ばかりなので大変頼もしい。
かっこよすぎ。紅一点女の子もいた。


■■■合い言葉は、陸前高田がんばっぺし!■■■

イズミさんは災害救援連合の誘導のため、
バスの前を先導する事に。
僕らは道を知っているので、先に行って準備。

バスが入って来れるような場所ではないので、
バスは一旦通り過ぎ駐車出来るところに停まり、
あとは徒歩で現場まで。

遠目にかっこいいんだなぁ。
みんな作業着にヘルメットで歩いてくる。

恒例の朝ミーティングがあり、
連合のリーダーいっちゃんの号令の下
作業スタート。陸前高田がんばっぺし!

昨日と同じで流れ作業でどんどん瓦礫を出して行く。
昨日より人数が多いので早い早い。
最初の休憩までで、昨日の午前中と同じくらい
瓦礫を出したか。

休憩時間までかっこいいなぁ。

そんな中、いっちゃんに、飴をもらう。
なぜか中身は違う飴だった。
お返しにミエノさんの提案で、
せんとくんせんべいを1枚。
と、同僚の方があまりにそっくりらしく
大変喜んでくれた。

話のキッカケがあると急に間が狭まる感じがする。
こういうのいいな。
ぼくもいっちゃんみたいに、飴やお菓子持ち歩こう。

そういえば前日の盛岡の方々はお守りをくれた。
これも嬉しかったけど、
寝ててまともに挨拶できなかった。ごめんなさい。

休憩も終わり昼まで作業。






■■■昼休みだにゃん■■■

連合の方々と流れ作業でどんどん瓦礫を出し、
昼になった。

いっちゃんが、すぐ作業を始めようとする
イズミさんをたしなめるように、13時から。
13時から作業ってことで(苦笑) と 笑
たしかにイズミさんは休憩もそこそこに作業を
再開させてしまうのでいっちゃんの進言には
助けられた。

また掃き出しの窓のあった所に腰掛けて5人+1匹で
ごはん。

ケイコが僕のご飯を買ってくれてた訳じゃ
なかったらしく、僕はご飯がなかった。
しかたなく一人気仙沼のセブンイレブンまで
買い出し。

猫が2匹じゃれていてかわいかった。
動物はいいなぁ。

ふとまたあのタオルはちまきが目に飛び込んでくる。
二日市公民館にいる畳屋さんだ!

今回は行く事は知らせてなかったのだけれども、
たまたま、被災後見つかったけんか七夕の山車を
保存するためにイズミさんちの更に奥の無事だった
民家の方に掛け合って置かせてもらうために
来ていたらしい。
縁がある人はちゃんと会えるんだなと思った。

まぁ今日の終わりにまた二日市公民館に
寄っていく予定だったけれども。



■■■I・D・O■■■

昼の作業開始前、イズミさんが、
井戸のヘドロ取りしようか。と。

おおおお、人生でいつか井戸に入ってみたいと
思っていたので、ちょっと嬉しい。早速準備。
イズミさんの長い木のはしごを井戸に下ろす。
降りる。

水かさが長靴より高いので、壁の岩に踏ん張って
前屈みで底の泥を取る。
ここでまた東松島の床下の泥かきで活躍した
園芸スコップが活躍する。

上からバケツにロープをつけて下ろしてもらい、
そこに瓦礫を入れていく。
瓦もあった。瓦はピンクの買い物かごのようなものを
下ろしてもらい、それに入れる。

途中、イズミさんが水をかき出そうと言い出し、
バケツで水を外に出す事に。
ナミナミ入れるとあげてるときの揺れで
バシャバシャ落ちてくる 笑

安全第一、怪我の無いようにというイズミさんが
一番大胆で危ない場面がある 笑

午前中も小川にあったコンクリの塊付きの柱を
流れ作業で外に出すために一旦川に落とそうと
したのだが勢い余って下にいた僕の足の上に
落ちてきた。下が瓦礫で空間があったため
重さは緩和されたけど痛かったよ!

きゃーとかうひーとか言ってるのに、相変わらず
こぼれた水がバシャバシャ落ちてくる 笑

そのうちまた瓦撤去のためにかごを準備した
イズミさんが井戸のヘリにかごを乗せたときに
ヘリ乗っていた砂が上を向いてる僕の顔に
たくさん降ってきて目に入った。

まぁそんなこともあるよね!と思いながら
作業を続ける。

途中、午前の作業の中でプラスチック製の
ビールケースが瓦礫の中にあったのを思い出し、
それをミエノさんに取ってきてもらい、
足場にする。壁に踏ん張っているのと違い、
ラクチン。作業が進む。

しかし結構酸素薄いのかな。
ただでさえ息切れしやすいのに、
さらに息切れする気がする。

作業に慣れてきてきたころ、
井戸の壁を見ると小さな命が息づいていた。
心癒された。
あとで井戸に入ったイズミさんが
水をかけて全部流れてしまったけれども。

休憩の号令が聞こえたので、井戸から出る。
はしごはいらない!と壁伝いに登ってみた。





■■■カワイソス■■■

休憩後、今度はミエノさんが入りたいと言うので、
ミエノさんが下に。

張り切って入り、2回ほどバケツで瓦礫を出した所で
イズミさんが交代しましょう。と言い出す。
ミエノさんまだやりたいのに、交代させられた。
カワイソス。

多分ミエノさんが女性だからと気を使ったのと、
イズミさん自身の勇姿を見せたかったのかな。
結局その後ミエノさんはずっと引き上げ要員に。
それでも一生懸命嫌な顔をせずがんばってた。

猫も作業を見守る。

井戸のヘドロ取りも一段落した所で
今日の作業終わり。

イズミさんも負けじとはしごを使わず登ってきた。
負けず嫌いだ 笑

連合の方々も川から引き上げてきた。
そこで、泉さんが川の水も灯油が流れてて汚いから、
井戸の水で道具を洗おうとして、
バケツをほうりこんで水をくみ上げだした。
4回ほどやっているうちに、

あ、おとしちゃった。と小声で。
井戸を覗くとロープごとバケツが井戸の底に。

アーッまったくもぅ!
イズミさんは本当に面白い。
はしご下ろして僕が取りにいった。
せっかくなので、連合の方々も覗いてもらって
パシャリ一緒に作業した記念撮影。








■■■また来ます。■■■

片付けをしていると、連合の方々が帰っていく。

一週間がんばってください!
来週待ってるね!
なんていっちゃんと挨拶してお別れ。

2日間みんなと作業してここまで来た。
あとは奥の屋根だけ。
今週中にいっちゃんたち災害救援連合が
きれいさっぱりにするんだろうな。
任せました!お願いします!

イズミさんにもまた来ますと言い、VCへ。
VCへ行くと、さっきいい感じでお別れした
連合の方々が。

いい感じでお別れしたのにーなんてまたちょっと
お話をして、道具を返し、
今日はさやかちゃんも休みなので、早々と後に。


■■■交渉■■■

判治さんがウクレレの会社からウクレレを
支援してもらえる話があったみたいで、
ウクレレライブを出来る所を
当たってもらいたいと言われ、
twitterで話題になっている高田一中へ
行ってみる事に。

事務所になっている理科室だか家庭科室に入ると
3.11に丁度東京から帰省していた若い方が
そのまま3ヶ月避難所の窓口スタッフとして
働いていて、対応してくれた。

物資は充分過ぎるくらい届いてるのですが、
娯楽がまだ少ないので、大歓迎ですと言ってくれて
日取りを決める。26日14時から。

仮設等に移り始めていて、学校の部活もあるので、
土日でも子供自体は少なくなっているらしいけど
やらしてもらえるなら、是非やりたいと
僕がやる訳じゃないのに、お願いしてきた。

26日が楽しみ。

担当のスタッフさんが一応ステージ見ておきますか?
と言うので、見せてもらう事に。
校舎から渡り廊下を渡り、体育館へ。

二日市公民館は小さな公民館。
5月に行った陸前高田のサンビレッジは、
体育館の中に白いテントがたくさんだった。
ここは、本当にTVで見るように
段ボールで仕切っただけの窮屈な空間。
言葉を無くしてしまった。
ケイコもナオコちゃんも、ミエノさんも。

この避難所になってる高田一中の校庭に
たくさん仮設が立っているのに
移れない方々もいるらしく、そこそこの方たちが
まだ暮らしていた。

大変居づらかったので、確認させてもらうだけ
させてもらって早々に高田一中を後に。

 
■■■松原■■■

ミエノさん、ナオコちゃんに時間をもらい、
松原のあった所へ初めて行ってみる。

酷いとしか言いようが無い。

海辺だけに人の生活環境ではないので
最低限の手しか入っていないように見える。
街の瓦礫が海辺に集められている。
膨大な量。

橋には木が残ったまま。
海の色は土色。
それでも草木は育ち花を咲かせている。



























■■■二日市公民館■■■

帰りに、二日市公民館に。
畳屋さんから情報が行っていたらしく、
ヒロタカ、シュンヤが表で待っていた。
会長、キンさん、畳屋さん、初めてお会いする方々。

ご飯の時間までには帰ろうと思っていたが、
ご飯が弁当に変わったらしく、
食ってけも言われなくなったし、キンさんが
女性陣と話がしたかったらしく、飯食い終わるまで
待ってろというのでキンさん、畳屋さんが
食べ終わるまで待ち、先に食べ終えたヒロタカや
シュンヤと遊ぶ。
エアキャッチボール。なかなか楽しい。
キンさんたちも出てきて少しの間
他愛ない話をする。

その後初めてヒロタカとシュンヤの家を見にいく。
海辺なのに、二人の家はガラスや中は仕方ないに
してもしっかり立っていた。すごい。
津波の角度とかなのかな。

そこでまた少し話をしていると、ヒロタカたちの
おじいさんが現れて、家の話をする。
金曜日によければ洗浄しますよという話を
していたためだ。
しかし、おじいさんはリフォーム屋さんか誰かに
頼んだらしく、洗浄はいらないらしい。
まぁプロに頼んだ方がいいしと思うので了解し、
ヒロタカやシュンヤとお別れをして帰り道。
■■■にくにく■■■

一関の高速までにあるご飯屋さんでご飯を食べようと
いうことになり、ご飯屋さんを探す。
どうも女性陣は米が食べたいようで、
ラーメン屋、そば屋は却下。
ようやく千厩あたりで見つけた焼き肉屋で、
僕は焼き肉。女性陣はビビンバやクッパで夕飯。

すっかり僕の寄り道せいで遅くなってしまったのに、
嫌な顔せず、ミエノさんもナオコちゃんも
いてくれた。感謝。

がんばって2時前後で二人を送り届ける。
僕らが家に着いたのは3時前。
今回もいろいろ考えさせられた。

まだ行った事無い土地には行ってはダメという事。
体一つしかないのに、
ここにもボランティアに来ないと。と思ってしまう。

まだまだ本当に先が長い。
3ヶ月経ち、行方不明者も死者扱いになり、
いろいろまた現場も変わっていくと思う。

陸前高田で、たくさんの千葉県警の警察官が
遺留品などを探していた。
多分これを機に、重機をたくさんいれて一気に
瓦礫を片付けていくんだと思う。

復興に向けて変わっていく様子をまだ見続けたい。
少しでも早く多くの人に安心が
行き渡るようにしてほしいと思う。

やれる事は本当にごくわずかだけれども、
被災地の方々のために、被災地に支援に
行きたい人たちのために運転し続けたい。

次は25、26日、判治さんとともに
ウクレレライブ慰問になると思います。
同行者
ケイコ
ナオコちゃん
ミエノさん
 

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